このページでは、日本各地に伝わる物の怪に纏わる物産を、物の怪観光が誇る物怪博物館コレクションの中から毎回一点づつ紹介してゆきます。 |



千代紙とは模様や絵柄が摺られた和紙の事。その起源は約1700年程昔の京都にさかのぼると謂う。当時は高級だったこの紙がやがて江戸にも伝わり、庶民も手にする事が出来るようになった。千代紙は浮世絵師たちによって色付けされ、錦絵等と一緒に販売された。大衆に用いられる事を目的としていた為、当時の世相を反映した様々な絵柄が考案され、新作が刷り上がると店頭に並んだ。女性達はお気に入りの歌舞伎役者と関係のある柄を買い求め、今のアイドルグッズ宜しく、身の回りで使用する工芸品にその紙を貼って楽しんだと謂う。
いせ辰は元治元年、初代辰五郎が団扇問屋、伊勢屋惣右衛門より暖簾分けして貰い創業。以来、現五代目に至るまでの間、暖簾を守り続けている。物の怪達がすでに大衆化していた江戸時代末期からの伝統を引き継いでいる上、二代目辰五郎は河鍋暁斎との交際もあったと謂うので、きっと物怪柄もあるのではないかと探してみたら、鬼や龍、天狗といった図柄が出てきた。三代目辰五郎の時、関東大震災で版木の殆どを失ったが、長男である四代目や弟子達と共に約一千種に及ぶ版木を復元したと謂う。そんな中にこういった絵柄が入っていた事は嬉しいかぎりだ。写真左は雷の柄。骸骨のような雷はどこかユーモラスである。同じ作りの龍の柄もある。他には大津絵に見られる鬼の念仏や、擬人化された猫の図柄等もあった。いせ辰では千代紙に限らず、貴重な紙芸の数々を今に伝えているが、そんな中に立版古(たてばんこ)と呼ばれる、組み立て式の版画がある。今の子供雑誌の付録にも通ずる紙製の立体ジオラマだが、これにも「北条高時天狗舞之図」として烏天狗が描かれている。多色刷りの木版画は大変手の込んだ作業を必要とするが、舞台の展開図ともなるとパーツの数もシートの枚数も増えてくる上に、きちんと組み上げられなくてはならないので、相当の技量を要する。手刷り木版画となればそれだけで高価な作品となる処、大衆に根ざした文化であるという理念は今も変わらず、大変求めやすい価格となっている。価格「雷公の文韋」2500円、「北条高時天狗舞之図」3000円也。
<参考文献>いせ辰解説書「いせ辰代々」
「千代紙」
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