夏に高山に咲くユリ科の花。同じユリ科でもササユリは伊須気余理比売命(いすけよりひめのみこと)と結びつけられ神事に用いられます。黒百合はその名の通り黒っぽい花びらを持つ怪しい花です。天正年間(1973〜92年)の前半、織田信長の命で富山城に入った佐々成政(さつさなりまさ)は、入城後まもなく主君信長を本能寺の変で失ってしまいます。秀吉に従う事を嫌った成政は家康と手を組む為の盟約を結ぶべく、家臣を従えて厳冬のアルプスを越えて浜松に向かいます。立山の沙羅峠を通り雪の積もるアルプスを越え、約一ヶ月かけて家康のもとを訪れた成政でしたが、結局色よい返事は貰えず、意気消沈して同じ道を引き返す事となってしまいます。行き以上に困難を窮めた帰路を征し、ようやく富山城に帰り着いた成政を待っていたのは、愛妾小百合の不義密通の知らせでした。成政はこれが小百合との仲を妬む奥方や側室の陰謀とは知らず、密通相手にされた無実の小姓共々吊し斬りにしてしまいます。冤罪を訴えながら無念にも斬られてしまった小百合は、断末魔に沙羅峠の黒百合となって生まれ変わる事を誓い、その時こそ佐々家の滅びる時だと恨みを残して息絶えます。やがて小百合の怨霊は毎夜青白い怪火となって現れ、成政を悩ませます。人々は「ぶらり火」と呼んで恐れました。そして小百合の誓い通り、沙羅峠に黒い百合が花開きます。その後成政は北政所のとりなしもあって九州肥後の大名に命じられますが、土豪達の反乱に遭い、その責任をとらされて切腹を命じられてしまいます。ちょっとした失敗で腹を切らされるまでに至ったいきさつには、北政所による陰謀がありました。北政所は成政の出世をとりなしてくれた功労者でした。成政は九州行きの御礼にと件の黒百合を贈りました。天下の珍花として贈られたこの花を大変気に入った北政所は、茶会の席で秀吉に活けて見せたそうです。その事を疎ましく思った側室淀君は急いでこの花を取り寄せ、大阪城の至る所にどこにでもある草花と一緒に活けさせました。そうとは知らない北政所はこの様を見ておおいに恥じ入り、自分に恥をかかせた成政に大変腹を立てました。それからというもの、事ある毎に成政の事を陥れようとしむけ、ついには彼を切腹にまで追い込んでしまったのです。小百合の生まれ変わりである黒百合が招いた悲劇でした。その後佐々家は、小百合の誓い通り滅亡してしまいます。