町のほぼ中心部に円柱形のコンクリートの台座に乗った小さな猫の像があります。これが今回御紹介する猫塚です。周りは畑、向かいは住宅地ですが、塚の周りには立派な囲いがあり、きちんとスペースも確保されている上、説明を書いた表示板もありました。猫の像の前にはどなたかお参りしたらしく、5円玉や一円玉が幾つか置かれています。コンクリートはかなり風化しているものの、今だお参りされる方は絶えないようです。まずはなぜこのような塚が作られる事になったのか、この町に伝わる伝説を御紹介する事に致しましょう。

塚の上に載せられた 
コンクリート製の猫像 
  畑の中にある猫塚。
 元はお寺の敷地だった
猫塚全体像 

 昔、猫塚のあった辺りに遍照院というお寺がありました。このお寺の住職が、ある日海を眺めていたら、海上を漂う板にすがりつく仔猫を発見しました。荒波にもまれて沖へ沖へと流される仔猫を、猟師に頼んで助けて貰った住職は、寺に連れて帰り育てる事にしました。猫は住職によくなつき、片時も側を離れませんでした。住職もこの猫をいたく可愛がりました。それから10年が経ったある日、寺に一人の旅の僧がやって来ました。住職は4、5日やっかいになりたいという旅僧を快く受け入れました。ところがその旅僧が寺に泊まってから3日目のこと、寺の勝手に勤める男が、縁側でうたた寝をしていると、不思議な事が起こりました。寺の猫の所へ、隣りに住む仲良しの猫がやって来て、何やら話しているのです。どうやら隣りの猫はお伊勢参りに行こうと誘いに来たようですが、寺の猫は今は和尚様の側を離れる訳には行かないからと断っています。和尚様の身の上が気になるというのです。その様子を夢うつつで聞いていた寺男は不審に思っていました。その夜、お寺の天井裏で大きな物音がしました。住職は明るくなるのを待って、寺男、村人達と天井裏を調べてみると、旅僧の衣を身にまとった犬ほどもある古鼠が死んでいました。側には傷を負って息も絶え絶えの寺の猫と隣りの猫が倒れていました。なんと旅僧の正体は住職を食べる為に僧侶に化けた古鼠だったのです。いち早くこの事に気付いた寺の猫は、住職の恩義に報いる為に、隣りの猫にも協力を仰いで、古鼠を退治したのです。程なくして、2匹の猫は看病の甲斐なく死んでしまいました。猫達の我が身を呈した行動にいたく胸を打たれた住職は、2匹の猫をお寺の脇にねんごろに葬りました。その墓印として松の木が植えられましたが、その枝葉はやがて二つに別れました。丁度鯖の尾のようであった事から、「鯖尾の松」と呼ばれたそうです。海上からも見えたこの松は、漁師達から「山つなぎの松」として漁場の目印とされ、また大漁の象徴としても参詣者が絶えなかったと謂います。