今回、モノノケ芸術鑑賞と称して御紹介する国立市の一橋大学は、明治・大正・昭和の時代に活躍し、日本建築史研究の石杖を築いた伊東忠太設計による建造物です。伊東忠太は1867年に山形県に生まれました。東京帝国大学(現東京大学)を卒業後、大学院在学中に法隆寺建築を研究、この建物が日本最古の仏教建築であり、世界最古の木造建築である事を発表し、一躍有名になりました。大学卒業後、造新宮技師、内務技師等を経て東京大学の教授になり、退官後同大学名誉教授になりました。法隆寺研究の道を開き、中国石窟寺院の発掘にも力を注いだ日本建築界の重鎮です。伊東忠太という名前にあまり馴染みのない人でも、法隆寺の柱の様式はギリシャ建築のエンタシスの柱に影響を受けているという説は耳にした事があると思います。今ではこれといった裏付けがとれていないとかで、試験問題等で出題される事はなくなりましたが、このようなギリシャ建築と日本の建築の繋がりを実証しようとしたのも彼でした。日本とギリシャの建築に於ける失われたパイプラインを求め大陸を3年かけて旅し、結果エンタシスが大陸を渡ってきた証拠を発見するには至らなかったものの、中国で日本の仏教建築の源流となる貴重な証拠を発見しました。伊東忠太は日本建築史を研究する美術史家であると同時に建築家でもありました。日本各地に今も残る神社仏閣を始め多数の建造物を手掛けました。彼の建造物には屋根や柱に沢山の怪物彫刻が施された一風変わった物が多い事でも知られています。インドの寺院や西洋の建築物などに見られる守護像のような怪物が、梁に、車止めに、手すりにと至る所に配されています。彼は無類の妖怪・怪物好きでした。日本建築の源流を訪ねる大陸の旅は一方で怪物創造という副産物をもたらしました。各地の建築物で目にするバラエティに富んだ空想上の怪物達は和にも洋にも囚われない彼の創造力に大きな影響を与えました。そんな彼の建築物には空想上の怪物達がしばしば姿を現すようになります。彼が一部で妖怪建築家と呼ばれる所以です。国立にある一橋大学も妖怪建築家・伊東忠太の作品です。そしてこの一橋大学の建物こそ彼の作品の中で異形の生物が最も多く配された建造物なのです。