かつて江戸っ子は「野暮と化け物は箱根から先」等と言って、物の怪は江戸以外からやってくる物だという考えを持っていました。しかしそんな言葉とは裏腹に、江戸には物の怪達の棲むスポットが数多く存在していました。我が社のリサーチでは、物の怪は人の営みのある場所にこそ多く存在しています。文化の華咲く江戸に、物の怪がいない筈はないのです。我が社はそんな物の怪達の生息地を、一箇所ずつ絵葉書にしました。場所によっては開発の為、地名のみしか残っていない所もあります。しかし地名を足掛かりに、かつてこの付近に物の怪達が生息していたんだなぁと想いを馳せるのが物怪観光の醍醐味なのです。早速、東京に今尚語り継がれている物の怪スポットを一つ一つ観て行きましょう。



このコーナーでも何度か取り上げた、大蝦蟇が棲むと謂う港区麻布の「がま池」。この池、江戸時代は備中成羽藩主・山崎主税助(やまざきちからのすけ)の屋敷内にありました。ある時、主税助の家来がこの池に棲む大蝦蟇に殺されてしまいます。怒った主税助が大蝦蟇を退治しようとした処、白衣の老人に化けた大蝦蟇が夢枕に立ち、家来を殺した事を詫び、今後いかなる火災からも屋敷を守る事を約束しました。以来、麻布周辺は度々火事に見舞われる事がありましたが、山崎邸だけは焼ける事がなかったそうです。文献上でもその記録を見る事の出来る、文政 四年の大火の折にも焼失を免れたと謂いますから、その力はかなりの物でしょう。大蝦蟇は普段は池に潜んでいますが、一度火災が起こると池からその姿を現し、口から水を吹いて屋敷を火事から守ったそうです。また、この池の水で溶いた墨で書いたと謂うお札は「上の字様」と呼ばれ、家に貼れば火防せに効果があり、火傷の患部を撫でれば治りがよくなると評判になりました。残念ながらこのお札は現在無くなってしまいましたが、麻布の十番稲荷神社ではそれに代わるお守りとして、蛙のお守りを授与しています。がま池はここ数年の都市開発の為に埋め立てられ、その姿を大きく変えてしまいました。しかし今も尚、わずかながらその姿を残しつつ、この土地を火災から守ってくれています。麻布を訪れた際には、是非とも足を運んで戴きたい物の怪スポットの一つです。